
Studio Story
栗のいがじゃなかった!
キリンのキロとハリネズミのポコの友情のおはなし
- 対象年齢
- 4-7
- 読み聞かせ時間
- 9分

1幕 - 出会い
そこは、とても広い草原でした。
黄色い草がそよそよゆれて、遠い空にはふわふわの雲が流れていました。
その広い草原のまんなかを、子どものキリンのキロが、ひとりで歩いていました。

キロは、ほかの子どものキリンより少しだけ背が高くて、とても遠くまで見ることができました。でも心はとても小さくて、こわがりでした。
「お母さん? お母さん、どこ?」
キロは長い首をぐんとのばして、あたりを見回しました。でも、どんなに見ても家族は見つかりません。
「お父さん? お姉ちゃん?」
返事はありませんでした。風の音だけが、ひゅうううっと通りすぎていきました。
キロの長い足が、ぷるぷるふるえはじめました。今朝まではお母さんのとなりを歩いていたのに、きれいなチョウを追いかけているうちに、いつのまにかひとりぼっちになってしまったのです。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。高いところから見れば、きっと見つけられるはず」
キロは自分に言い聞かせながら、とぼとぼ歩きました。長い首を高く上げて、遠くばかり見ながら。
そのときです。
何かをふみました。
「あっ!」
キロはびっくりして、足をぱっと高く上げました。足の裏が、ちくちく痛みました。

足もとを見ると、丸くて茶色いものが地面にありました。からだじゅうに、ちくちくしたとげがついています。
「あれ? 栗のいがだ!」
キロは首をかしげました。
「でも、おかしいな。アフリカに栗の木なんてあるのかな?」
キロが鼻を近づけて、その栗のいがをよく見ようとした、そのとき!

「いたたた……もうだめだ……」
栗のいがから声がしました!
キロはびっくりして、後ろへどしんと転びました。長い足があちこちに広がりました。
「きゃあ! 栗、栗のいががしゃべった!」
すると栗のいががもぞもぞ動いて、ゆっくり体を開きはじめました。丸い体から小さな鼻がぴょこんと出て、小さな足がちょんちょんと出てきました。
栗のいがではありませんでした。子どものハリネズミだったのです!
子どものハリネズミは体をぶるぶるふって、ぶつぶつ言いました。
「いたた、だれがぼくをふんだんだよ?」
そのハリネズミの名前はポコ。ポコは、とてもとても小さかったのです。だから草むらの中にいると、本当に栗のいがみたいに見えました。ポコの背中にはとげがいっぱいあって、そのとげのせいで、ほかの動物たちはあまりポコに近づきませんでした。

「前を見て歩いてよ!」
キロはまだ地面にすわったまま叫びました。足の裏がじんじんしていたのです。
するとポコは空を見上げました。でも見えるのは、長い足だけでした。
「ぼくはちゃんと前を見て歩いてたよ! いきなりだれかがぼくをふんだんだ!」
ポコはさらに上を見ました。長い首が見えました。もっともっと上を見ると、とても高いところから二つの目がこちらを見下ろしていました。
「えっと……きみ、だれ? どうして空から声がするの?」

「空じゃなくてキリンだよ! キロっていうんだ!」
「キリン? キリンがぼくの上で何してるの?」
「きみが地面で栗のいがみたいにしてるから、見えなかったんだよ!」
「栗のいが?! ぼくはハリネズミ! ポコだよ!」
ふたりはしばらく、にらみ合いました。キロは下を見下ろし、ポコは上を見上げながら。キロは首が痛くなり、ポコも首が痛くなりました。
見るだけでも大変なふたり。それが、キロとポコの最初の出会いでした。
2幕 - いっしょに歩いて手がかり集め
キロはしばらく地面にすわって、足の裏にふうふう息を吹きかけました。ポコもぺちゃんこになった体をぽんぽんたたきながら、ぶつぶつ言いました。
「ほんと、空から岩が落ちてきたのかと思ったよ」
キロはポコをちらりと見ました。腹は立っていたけれど、今は怒る気分ではありませんでした。キロの目はすぐにしょんぼりしました。
「……ごめん。ぼくが前を見て歩いてなかったから」
ポコは、しょんぼりしたキロの目を見上げました。
「どうしたの? 泣きそうな顔してる」
「ぼく……家族とはぐれちゃったんだ」
キロは今朝のことを話しました。お母さんと並んで歩いていたこと、きれいなチョウを追いかけたこと、気づいたらひとりだったこと、そして足まで痛めてしまったことを。
ポコは小さな腕を組んで聞きました。
「ふむ。つまり、きみは家族を探しているんだね」
「うん。でも、どこへ行けばいいのかわからないんだ。高いところをどんなに見ても見えない」

ポコは少し考えこみました。それから、小さな鼻がひくひく動きました。
「高いところばかり見てちゃだめだよ」
「え?」
「足あと。におい。手がかりは地面にあるんだから」
ポコは鼻を地面すれすれに近づけて、くんくんにおいをかぎました。
「キリンは体が大きいから、足あとも大きいはず。においだって残っているはずだよ」
キロの目がまんまるになりました。
「そんなものを見つけられるの?」
「もちろん。ぼくは毎日、地面ばかり見て生きてるんだから」
ポコはぶつぶつ言いながらも、もうくんくん足あとを探しはじめていました。

「じゃあ、こうしよう。きみは高いところを見る。ぼくは低いところを見る」
キロは長い首を高く上げました。ポコは鼻を地面にくっつけました。
ひとりは空を見て、ひとりは地面を見る。こうして、ふたりの旅が始まりました。
ポコが何歩か歩くと、急に立ち止まりました。
「ここを見て」
キロは長い首をぐっと下げて、ポコのほうを見下ろしました。草むらに、大きくて丸いあとがぽこんとついていました。
「これ……足あと?」
「大きな足あとだ。きみの家族の足あとみたい」
ポコはそのあとに鼻をつけて、くんくんにおいをかぎました。
「こっちへ行った。草が一方向に倒れてる」
キロの目がまんまるになりました。自分の足もとにこんなものがあったなんて、一度も気づいたことがなかったのです。
「わあ! 本当だ!」
「何がわあだよ。早く行こう」
ポコが先に進みました。キロはポコのあとをゆっくり歩きました。足あとはだんだんはっきりしてきました。
どれくらい歩いたでしょう。ふたりが並んで――いえ、キロが一歩進むとポコは五歩走らなければならなかったので、並んでいるとは言えませんでしたが――歩いていたときでした。
「キリン! キリンだよね?」
空からにぎやかな声が聞こえました。ぱたぱた! 赤、青、緑の色あざやかな鳥が、キロの頭の上をくるくる回りました。
オウムのチコでした。
チコはキロの頭の上にちょこんと止まると、休む間もなくしゃべりはじめました。
「あ、知ってる! きみ、家族を探してるんでしょ? キリンの群れ! 見たよ! もちろん見たさ! ぼくは空を飛ぶから、なんでも見えるんだ!」

キロの目がきらりと光りました。
「本当?! どこで見たの?」
「大きな湖のほうだった! あ、ちょっと待って。山のほうだったかな? いや、川だった気もする……キリンたち、あっちこっち動いてたんだ!」
チコは羽をばたばたさせて、こっちを指したり、あっちを指したり、また別のほうを指したりしました。
「湖! 山! 川! あちこち動いてた! 三つのどれかだよ! たぶん! ほとんどまちがいない!」
そしてチコは「幸運を祈るよ!」と叫ぶと、来たときと同じくらい急に、ぱたぱた飛んでいってしまいました。
キロはぽかんと立っていました。
「……湖? 山? 川?」
ポコは、ふうっとため息をつきました。
「あの鳥の話、ぜんぜん信じられない」
「でも、何かを見たのは本当みたいだよ」
「三つの方向全部には行けないでしょ。三つのうち一つを選ばなきゃ」
ポコは地面に鼻を近づけて、ゆっくり一回りしました。くんくん。くんくんくん。
山のあるほうへ鼻を向けました。
「山のほうの草には、小さな足あとしかない。ウサギのにおい、野ネズミのにおい」
川のあるほうへ鼻を向けました。
「川のほうは……泥のにおいが強いだけ。大きな足のにおいはない」
最後に、湖のあるほうへ鼻を向けました。するとポコのとげが少し立ちました。
「こっちだ」
「どうして?」
「大きな足のにおいが長く続いてる。草も一方向に倒れてる。朝見つけた足あとと同じにおいだよ」
キロはポコが指したほうへ長い首を上げて、遠くを見ました。果てしない草原の向こうで、何かがきらりと光りました。
「ポコ……遠くで何か光ってるのが見える。水みたい」
「湖かもしれない。行ってみよう」
ふたりは湖がありそうなほうへ歩きはじめました。ポコはずっとくんくんにおいをかぎながら先に進みました。
すると、ポコがぴたりと止まりました。
「……キロ」
「なに?」
「前に、すごく大きなものがいる」
キロが前を向きました。大きな岩がひとつ立っていました。
いいえ、岩ではありませんでした。岩が動いたのです!
「きゃあ!」
キロが後ろへ下がると、ポコはまたキロの足にふまれそうになりました。
「ちょっと! 気をつけて! またふむところだったよ!」
大きな灰色の体。まるい角。小さな目。サイのムロクでした。
ムロクはとてもゆっくり顔を向けました。そして小さな目で、キロとポコをかわるがわる見ました。

ムロクは何も言いませんでした。
キロはムロクの大きな角がこわくて、また足がぷるぷるふるえました。でもポコはずんずん前へ歩いていきました。
「こんにちは! ぼくたち、キロの家族を探してるんだ。キリンの群れを見なかった?」
ムロクはポコを見下ろしました。ポコのとげも見ました。
でもムロクは下がりませんでした。むしろ、鼻をポコのほうへ近づけました。
ポコはびっくりしました。ほかの動物は、とげを見るといつも後ろへ下がったからです。
「……大きな湖」
「大きな湖?」
「キリンの群れ。大きな湖のほうで見た。あっちこっち動いていた」
キロの目が大きくなりました。
「チコが言った湖、本当だったんだ!」
ムロクはゆっくりうなずくと、また草を食べはじめました。でも背を向ける前に、ポコをもう一度見て言いました。
「とげ、かっこいいな」
そのひと言で、ポコのとげが少し寝たように見えました。ポコのほっぺも、少し、ほんの少し赤くなりました。
でもポコはすぐにぷいっと顔をそらして言いました。
「ふん。まあ、かっこいいに決まってるけどね」
キロはポコの赤いほっぺを見て少し笑いましたが、何も言いませんでした。言ったら、とげに刺されそうだったからです。
ふたりは大きな湖へ向かって歩きました。太陽が少しずつ傾き、空がオレンジ色に染まりはじめました。
湖が近づくと、木が一本、また一本と現れました。高い木、小さな木、つるが巻きついた木。
そのとき、キロが急に立ち止まりました。長い首をもっと高く、もっと高くのばしました。
「ポコ! あそこを見て」
ポコはつま先立ちをしても、草の葉しか見えませんでした。
「見えないよ。何があるの?」
「遠くに大きな木が一本あるんだ。そのてっぺんで何かがゆらゆら動いてる。しっぽみたい」
「しっぽ?」
「うん。長くて、くるんと丸まったしっぽ」
ポコは鼻を上げて、風のにおいをかぎました。
「バナナのにおい。だれだかわかる気がする。行ってみよう」
ふたりはその木に向かって、早足で進みました。

近づくと、本当にだれかが枝の上で逆さまにぶら下がっていました。
「ひひひひ!」
しっぽの長いサルが、半月みたいな目でにやにや笑っていました。
サルのジキキでした。
「やあやあ、きみキリンでしょ? 家族を探してるんでしょ? ひひ、ぼくにはぜんぶわかるんだ」
キロはびっくりしました。
「どうしてわかったの?!」
「ぼくは高い木の上から、なんでも見えるからね。ひひひ」
ジキキは枝をすいすい登ると、てっぺんで手をひさしにして遠くを見ました。
「見える見える! キリンの群れ! あそこにいる!」
キロの心臓がどきどき鳴りました。
「本当?! どこ?! 教えて!」
ジキキはするすると下りてきて、キロの鼻先に顔を近づけました。
「教えてあげてもいいよ。でもね……」
ジキキはぱちりとウインクしました。
「ただじゃないよ、ひひ」
ポコは顔をしかめました。
「何がほしいの?」
ジキキは体をくるりと回して、背中をぐっと差し出しました。
「背中がかゆいんだけど、手が届かないんだ。ここ、かいて!」
「……それが条件?」
「うん! 気持ちよくかいてくれたら教えるよ!」
ポコはあきれた顔でキロを見上げました。キロもきょとんとしていましたが、これはできそうでした。
キロは長い舌をぺろりとのばして、ジキキの背中をすりすりかいてあげました。
「おおお! 左、左! あ、そこそこ! ああ、気持ちいい!」
ジキキは全身をぶるぶるふるわせて喜びました。
「よし! 約束は約束だからね!」
ジキキはまた木のてっぺんへ上がり、ひとつの方向を指しました。
「湖の向こうにアカシアの木が三本ある。そのそばにキリンの群れがいるよ! まちがいない!」

キロの目に涙がうるうると浮かびました。
「本当? 本当にそこにいるの?」
「ぼくの目はだまされないよ! 早く行ってみな!」
キロは湖の向こうを見ました。遠く、ずっと遠くに、木が三本並んだ影が見えるような気がしました。
「ポコ! 見つけた! ついに見つけたよ!」
ポコも見上げて、小さく笑いました。口はいつもみたいにとがっていましたが、目はたしかに笑っていました。
「ふん。まだ着いたわけじゃないよ。早く行こう」
ふたりはまた湖へ向かって歩きはじめました。今度はさっきよりずっと速い足どりで。

3幕 - 危機
湖がだんだん近づいてきました。水のにおいが風に乗ってきました。
キロの足取りは速くなりました。
「あと少しだ! アカシアの木を三本見つければいいんだ!」
でもポコが急に立ち止まりました。ポコのとげがぴんと立ちはじめました。
「キロ。ちょっと待って」
「どうしたの?」
「後ろから何かついてきてる」
キロは後ろを振り返りました。何も見えません。草だけがそよそよ揺れていました。
「何もいないよ?」
「いるよ。草のにおいに、別のにおいが混じってる。肉を食べる動物のにおいだ」
ポコの鼻がまちがったことはありませんでした。キロの足がまたぷるぷるふるえはじめました。
「ど、どうしよう?」
「とにかく歩いて。後ろを見ないで。ゆっくり」
ふたりは何でもないふりをして歩きました。でもキロの心臓は、どくどくどくどく、とても大きく鳴っていました。

草むらで、がさりと音がしました。だんだん近づいてきます。
キロがそっと首を回しました。高い草のあいだから、何かがちらりと見えました。
黄褐色のたてがみ。するどい目。
ライオンでした。サボでした。
「ポ、ポコ……」
「わかってる。ぼくもわかってる」
サボは草むらに体を低くして、ゆっくり近づいていました。獲物をねらう目でした。そしてその目は、キロを見ていました。
「キロ! ぼくを背中に乗せて!」
ポコが叫びました。キロはすぐに首を下げて、ポコを背中に乗せました。ポコはキロの背中の上からサボをにらみました。
「よし。走って!」
キロは走り出しました。長い足で草原を力いっぱい走りました。
でもサボも速かったのです。いいえ、サボのほうが速かったのです。
近づいてきます。近づいて。近づいて。
「キロ、このままじゃつかまる! 止まって!」
「止まるの?! 今?!」
「ぼくの言うことを聞いて! 作戦がある!」
キロが急いで止まると、ポコは早口で言いました。
「ぼくがきみのしっぽにぶら下がる」
「しっぽ?!」
「サボが飛びかかってきたら、ぼくが合図する。そのとき、しっぽを思いきり振って」
「そ、それってどういう……」
「ぼくのとげ、覚えてるよね?」
キロは初めて会ったときのことを思い出しました。ポコをふんだとき、足の裏がどれだけ痛かったかを。
「……覚えてる」
「あの痛みを、サボにあげるんだ」
ポコはすばやくキロの背中を下りて、しっぽの先をぎゅっとつかみました。丸く体を縮めると、しっぽの先にとげのあるボールがぶら下がっているみたいでした。
サボが立ち止まり、キロをにらみました。
「子どものキリン、逃げ疲れたか」

サボは低くうなりました。後ろ足に力をためました。そして飛びかかりました!
「今だ!!!」
ポコが叫びました。
キロは目をぎゅっとつぶりました。そしてしっぽを思いきり振りました!
ひゅううううん! どん!
「うわああああ!!!」
サボの鼻に、ポコのとげがいっぱい刺さりました。サボは前足で鼻を押さえて、ごろごろ転がりました。
「あっ! 痛い! 何だこれ! あいたたた!」
サボは鼻を押さえ、涙目になって草むらの中へ逃げていきました。大きな体が、泣きながら遠ざかっていきました。
ふたりはしばらく立っていました。息がはあはあと荒くなっていました。
先に口を開いたのはキロでした。
「ポコ」
「……なに」
「きみのとげ、本当にすごいね」
ポコはキロのしっぽから下りると、体のほこりをぱっぱっと払いました。

「最初に会ったときは、ぼくに前を見て歩けって言ったくせに」
キロは照れくさそうに笑いました。
「あのときは知らなかったんだ。きみのとげがこんなにすてきだって」
ポコは顔をそむけました。でも、とげの間から少し見える耳が赤くなっていました。
「……ふん。早く行こう。家族が待ってるんでしょ」
キロはうなずきました。そして今度は、首を下げてポコを見ました。
遠くではなく、すぐ足もとにいる友だちを。
「ありがとう、ポコ」
ポコのとげが少し寝ました。
「……たいしたことないよ」
ふたりはまた湖へ向かって歩きはじめました。今度は並んで。キロがポコに合わせて、ゆっくり歩いてくれたからです。

4幕 - 再会と別れ
湖を回って向こう岸に着いたころ、太陽はもうほとんど沈んでいました。
空はオレンジ色から紫色へ変わっていました。涼しい風が吹いていました。
キロが立ち止まりました。
遠くに、アカシアの木が三本見えました。そしてその下に、キリンたちがいました。
キロの心臓が止まったようでした。
「お母さん……」
お母さんキリンが見えました。長い首をあちこちに回して、何かを探していました。お父さんキリンも遠くを見つめていました。お姉ちゃんキリンは草むらの間をきょろきょろ探していました。
家族みんなが動き回っていました。だれもじっとしていませんでした。
チコが言っていた言葉を思い出しました。キリンたち、あっちこっち動いてたんだ。
ムロクが言っていた言葉も思い出しました。あっちこっち動いていた。
ポコが最初にかいだ大きな足のにおい、草が一方向に倒れていたあの道。全部、この家族が作ったものだったのです。

そういうことだったのです。
家族も、キロを探していたのです。一日中。
キロの大きな目から、涙がぽとりと落ちました。
「お母さん!!!」
キロは力いっぱい叫びました。
お母さんキリンが顔を向けました。そしてキロを見つけました。
お母さんキリンが走ってきました。キロも走りました。 長い足で、力いっぱい。よろよろではなく、本当の走り方で。 どん。
お母さんの長い首が、キロの首を包みました。お父さんも来ました。お姉ちゃんも来ました。キリンの家族がキロをぐるりと囲みました。
だれも何も言いませんでした。 ただ首をすり寄せ、においをかぎ、そばにいることを確かめました。
キロは長いあいだ泣きました。
どれくらいたったでしょう。キロはふと後ろを振り返りました。
ポコがそこにいました。 少し離れたところで、とても小さな体で立っていました。キロの家族を見ていました。口はいつものようにとがっていましたが、目は少し違って見えました。
キロはポコのところへ歩いていきました。今度も首を下げて、ポコを見ました。
「お母さん、紹介したい友だちがいるんだ」
キロはお母さんキリンをポコの前へ連れてきました。
「この子はポコ。ぼくが迷子になったとき、いっしょに歩いてくれて、においで道を探してくれて、こわいライオンから守ってくれた友だちだよ」
お母さんキリンは長い首をゆっくり下げて、ポコを見ました。お父さんも、お姉ちゃんも頭を下げました。キリンの家族みんながポコを見下ろしました。
たくさんの目に急に見つめられて、ポコはあわてて、とげがぴんと立ちました。
「えっと、まあ……たいしたことはしてないけど……」
お母さんキリンがやさしい声で言いました。
「ありがとう、ポコ。うちのキロを助けてくれて、本当にありがとう」
お父さんキリンがうなずきました。

「勇敢な友だちだね」
お姉ちゃんキリンも、鼻をポコのほうへそっと近づけました。ポコのとげを見ても、だれも下がりませんでした。ムロクみたいに。
ポコのとげが、すうっと寝ました。ほっぺが赤くなりました。今度は隠せないくらいに。
「ふん。ただ……いっしょに歩いただけだよ」
そのときキロはアカシアの木の前へ歩いていきました。長い首をぐんぐんのばして、とても高い枝になっている実をぽんと取りました。黄色くて丸くて、甘いにおいのする実でした。
キロは首を下げて、ポコの前にその実をことんと置きました。
「これは何?」
「アカシアの実。高いところになっているから、キリンにしか取れないんだ」
「……それで?」
「きみは、ぼくにできないことをしてくれたでしょ。においをかぐこと、道を見つけること、いっしょに歩くこと。だから、ぼくにできることをあげたかったんだ」
ポコは実を見下ろしました。小さな鼻がひくひく動きました。ひと口かじりました。
「……」
「おいしい?」
「……まあ、食べられるね」
ポコの口もとが、ほんの少し上がりました。本当に、ほんの少しだけ。
実を食べ終わると、ポコは体を向けました。小さな背中には、とげがぎっしり生えていました。
「元気でね。今度は前を見て歩きなよ、キリン」
ポコはとぼとぼ歩きはじめました。
キロはポコの小さな後ろ姿を見つめました。丸くて、とげとげで、とてもとても小さな後ろ姿でした。
「ポコ!」
キロが叫びました。

ポコは止まって、振り返りました。
「また会える?」
ポコはしばらくじっとしていました。
それから小さく、本当に小さく笑いました。ポコが笑うところを、キロは初めて見ました。
「ぼくが栗のいがみたいに見えても、ちゃんと探してね」
ポコは小さく手を振りました。そして草むらの中へ消えていきました。
キロはしばらく、その場に立っていました。

数日がたちました。
キロはまた家族といっしょに草原を歩いていました。お母さんのとなりを並んで、今度はチョウを追いかけたりせずに。
でもキロには、新しいくせがひとつできました。
歩いていると、ときどき首を下げるのです。長い首を曲げて、草むらをのぞくのです。
お母さんがたずねました。
「キロ、何を見ているの?」
キロは笑って言いました。
「栗のいが」
お母さんは首をかしげましたが、キロはただ笑いました。
足もとにも、大切な友だちがいるかもしれないからです。
- おしまい -
